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メイコミュTopインタビュー:歌手 渡瀬マキさん

カテゴリー:スペシャル
歌手 渡瀬マキさん

子育ては「聞く、待つ、認める」今は大変だけれど、20年後には愛おしい時間になっているはず

2014年に再始動を発表したロックバンド「LINDBERG」のボーカリスト・渡瀬マキさん。
2児の母として子育てをしながら、音楽活動やテレビ番組のコメンテーターとして活躍する渡瀬マキさんに、幼少時代の思い出やご自身の子育てについて、お話をうかがいました。

PROFILE

1969年、三重県生まれ。1989年にロックバンド「LINDBERG」のボーカリストとしてデビュー。数多くの名曲を残し、バンドは2002年に解散。2009年に期間限定で再結成したのち、2014年に本格始動を発表。夫は「LINDBERG」のギタリスト平川達也さん。中学3年の長男、小学5年の長女の母でもある。

履歴書を送りながら毎晩歌の練習をした中高時代

――マキさんの幼少時代のお話を聞かせてください。

子どものころは、3歳下の妹や近所の友だちと野山を走り回っていました。自然の中を探検するのが好きで、マヨネーズを持参して野草を食べたりもしていました(笑)。
両親は共働きで忙しかったのですが、母は毎日私たちの食事を作ってくれました。とても大変だったと思いますが、鳥羽弁で「疲れた」を意味する「えらい」という言葉を母の口から聞いたことがありません。運動会のお弁当でも、たくさんのご馳走を作ってくれたことを覚えています。一緒にいる時間は少なかったけれど、愛されている実感は得られていました。だから、いつか両親に楽をさせてあげたいという思いはいつも頭にあって。高校時代には、両親のために私が夕飯を作っていましたね。

――芸能界を目指したきっかけを教えてください。

中学1年のころ、大好きだった音楽番組の「ザ・ベストテン」で松田聖子さんを見て、強い衝撃を受けたのです。聖子さんにとにかく憧れて、「ブラウン管の向こう(芸能界)はどんな世界なのかな」とそればかり考えていました。歌手になりたいと夢を持ってからは、雑誌に掲載されているオーディション情報を見て履歴書を送り続けました。家では部屋の雨戸を閉めて、1人で歌の練習をしていました。
オーディションにはなかなか受からなくて、合格したのは高校生のとき。名古屋の音楽スクールから、「一次審査合格」の通知をもらい、二次審査で初めて人前で歌を披露しました。そのときに「なんて気持ちがいいのだろう」と思ったのを覚えています。
オーディションの応募費用や合格してからのレッスン料、名古屋までの交通費はアルバイトをして自分で稼いでいました。歌手になるという夢のために、飲食店や海の家など…。どれも楽しい思い出ですね。そして高校3年のときにスクールの薦めで東京でのオーディションを受け、歌手になる夢が実現しました。

――マキさんの夢に、ご両親は何とおっしゃられましたか?

両親は、私が毎晩毎晩歌の練習をするほど真剣なのを知っていたので「マキの人生やからマキが決めて」と言ってくれました。今考えるとすごいことだと思います。私には現在小学5年生の娘がいますが、17歳になって同じように言ってきたら「行っておいで」と言えるかどうか。ただ、当時から両親を悲しませることは絶対にしない、という自信が私にはありました。それを両親も信用してくれたのだと思います。一番驚いていたのは高校の先生です。高校3年生の最終の進路希望票に「歌手」って書いて出したら、「何を考えているんだ!」と。心配をおかけしました(笑)。

逃げることは悪いことではないと教えたい

――中学3年の息子さんもいらっしゃいますが、接する際に気をつけていることはありますか。

子どもが友だちとケンカしたときなど、大人はよく「相手の立場に立って考えてみて」って言いますよね。私も息子が中学2年のときにそう言ったんです。そうしたら「それは違うよ。俺がいくらその人の立場になって考えても、本当の気持ちはわからない。俺がその人の立場ならこう思うけれど、彼はそうじゃないかもしれないでしょ」って言われたのです。ハッとしました。彼なりに考えていることがわかったので、それからは頭ごなしに言うのをやめて、「(子どもの話を)聞く、待つ、認める」ことを心がけています。

メイコミュTopインタビュー:歌手 渡瀬マキさん

――お子さんの夢を、どのように応援してあげたいですか?

息子は小さなころから漫画家になりたいと言っていたんです。てっきりそれが夢かと思っていたら、先日「漫画家にはなりたくない」と。じゃあ何になりたいのと聞いたら「そんなのはわからない」と言うのです。「明日の気持ちなんて俺にもわからないよ」と言われて、「ああ、そういう年頃なんだ」と思いました。自分でやりたいことを見つけるしかないと思うので、親としては見守っていこうと思います。
娘は天真爛漫で遊びにかけては誰にも負けない(笑)。自転車の運転も逆上がりも、教えなくても自分でできるようになりました。今は料理に興味があって、私が作っていると「切らせて」と言ってきます。手を切らない持ち方を教えて、あとはなんでもやらせています。「危ないからとやらせないといつまでたってもできるようにならない。最低限の基本を教えて、あとは見守る」とは母からの教えです。時間も忍耐も必要で大変ですけど、大事なことですよね。

――お子さんたちにはどのように育ってほしいとお考えですか。

ひと言で言うと、「生きてほしい」ですね。世の中にはいろんな人がいるし、いろんなことがある。だからもし、自分が愛されていないとか、大切にされていないと感じたら、その場所から逃げなさいと言いたいです。逃げることは全然悪くない。居場所はそこだけではない。自分の命を絶ちたくなるくらいなら、どんどん逃げて生きていってほしい。

夫のひと言で子どもたちの意識が激変

――音楽活動と子育ての両立は大変ではないですか?

活動を再開したばかりのころは、家事や育児をしながらの音楽活動、それもリンドバーグやソロ、夫とのユニットなどさまざまあって大変でした。そんな中、家族と車に乗っているときに「体がしんどいから、明日の朝は起きられないかもしれない。どうしよう」とこぼしてしまったことがありました。すると、いつもは無口な夫が子どもたちに向かってひと言、「そんなの1人で起きて、パンを焼いて食べて、学校に行けばいいんだよ。何か問題ある?」。車内はシーンとなりました。
そんなことがあった数日後、本当に寝坊してしまったことがあって。あわててリビングに行ったら、パンを焼いた香りがするんです。部活で朝早く学校に行かなければならない息子が、自分でパンを焼いて食べて、登校したあとでした。数日前の夫の言葉で、子どもたちの意識が変わったことを実感した瞬間でした。

メイコミュTopインタビュー:歌手 渡瀬マキさん

――最後に読者にメッセージを。

子どもが小さいころは睡眠時間も減ってしんどいと思ったし、今も家事・育児と音楽の両立や、子どもたちの進路のことなど悩みはつきません。でも20年後に振り返ったときに、間違いなく「愛おしい時間だった」と感じると思うのです。だから、この大変な日々を大切にしていこうと考えています。お互いに、2度と帰ってこない「今日」を愛おしみながら子育てや自分育ての毎日を楽しんでいきましょう!

メイコミュ限定エピソード「渡瀬家のマイブーム」

■ お子さんと一緒に楽しんでいる趣味&得意料理

娘とは料理ですね。自分から手伝ってくれるので、一緒にいろいろ作って楽しんでいます。一時期は娘が目玉焼きに凝って、ずっと食べさせられたこともありました(笑)。私の得意料理で家族に好評なのは「かつ丼」と「から揚げのみぞれがけ」「グラタン」ですね。

■ 家族で出かけて楽しかった場所

「子どもの国」です。横浜、富士などにあります。横浜の子どもの国に行ったときには、アイススケートを楽しんで、広い原っぱで凧揚げなども堪能しました。家族で何回も行きましたね。最近は息子が一緒に行かなくなってしまったので、寂しいです(笑)。


こちらの記事は、明光義塾と保護者をつなぐ情報マガジン『CRECER(クレセール)』2015年新春号でもお読みいただけます。

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