明光義塾のコミュニティサイトメイコミュ

メイコミュ情報局

メイコミュTopインタビュー:内藤大助さん

カテゴリー:スペシャル
内藤 大助さん ボクシング解説者 元WBC世界フライ級チャンピオン

絶対に褒めてはくれない母への意地が原動力 大切な人を守る強さが欲しかった

メイコミュTopインタビューでは、さまざまな分野の著名人にお話をうかがっていきます。今回のゲストは、ボクシングの元WBC世界フライ級チャンピオンの内藤大助さんです。19歳でボクシングを始め、32歳で世界チャンピオンになった内藤さん。ボクシングを始めた理由には、幼少時代からのさまざまな想いが絡んでいました。現役を引退後、解説者、タレントとして忙しく活動しながら、8歳と4歳の男の子の父としての顔も持つ内藤さんに、ご自身の幼少時代のお話と子育てにまつわるエピソードをうかがいました。また、インタビューの最後に、5月のメイコミュ掲示板のテーマである「旅」についてコメントをいただきました。

PROFILE

1974年、北海道生まれ。高校卒業後に上京、19歳のときにボクシングを始め、23歳でプロデビュー。その後、全日本フライ級新人王、日本フライ級王座、東洋太平洋フライ級王座の各種タイトルを獲得。そして2007年7月、3度目のWBC世界フライ級タイトルマッチに勝利し、32歳で悲願の世界チャンピオンに。2011年11月に現役引退を表明。現在は、ボクシング解説者、タレントとして活躍中。現在、8歳と4歳の男の子のパパでもある。

お小遣いを自分で稼いだ甘やかされなかった幼少時代

――内藤さんの幼少時代のお話を聞かせてください。

僕は北海道の内浦湾に面した、ホタテの養殖とイチゴ栽培が盛んな町の生まれです。大自然の中を遊び回る元気な子どもでした。釣りも大好きで、漁師さんの手伝いをして稼いだお小遣いで餌を買って、兄とよく釣りに出かけていました。

高校1年までは、母と4つ上の兄の3人家族。民宿を営んでいた母はとても忙しく、僕は近所に住んでいた祖母に面倒を見てもらっていました。だから母と一緒に食事をするときには、学校の話をしたい。でも「静かに食べなさい。子どもが大人に気軽に話しかけるんじゃない」というくらい子どもを甘やかさない人でもありました。

実は、母からは今まで一度も褒められたことがありません。僕は、勉強は苦手でしたがスポーツは得意で、小学校のときに剣道大会の少年の部で優勝したんです。ちょっとくらい努力を認めてくれるかなと思ったのですが、ひと言も褒めてもらえませんでした(笑)。中学生のときも高校生のときも同じで、大人になってボクシングで日本チャンピオンになっても「まだ上がいるだろう、世界チャンピオンになってからだね」と褒めてくれませんでした。その後、僕は世界チャンピオンになることができました。少し意地になっていたんでしょう、母に「前に世界チャンピオンになったら褒めると言ったよね」と聞いたんです。そうしたら、うーんとひとしきりうなった後で「そんなこと言ったかね」って。やっぱり褒めてはくれませんでした。筋金入りなんです(笑)。

大人になった今だからこそ言えることですが、母の厳しさ、そう簡単には褒めないことに対する意地が、今までの僕の原動力だったのかもしれませんね。

18歳で実家を追い出されたのは、母の愛のムチ

――高校を卒業されてから上京され、1年後にボクシングを始められました。

本当は、地元北海道で就職する予定だったんですが、僕のわがままが原因で内定が取り消しになりました。母に伝えたらきっと厳しく叱られ、叩かれるだろうと思っていましたが、母はあきれたのか、何も言いませんでした。僕にしてみれば「ラッキー」って感じでした。でもしばらくして突然、「この家を出て行け。埼玉(実父と兄の住む場所)へ行って働け」って飛行機のチケットを渡されました。母なりに僕のことを考えていたんです。そして「最低10年は帰って来るんじゃないよ」とも言いました。

それから埼玉で実父の仕事を手伝い始めました。そして1年くらいたったころでしょうか。コンビニで「格闘技」の本を目にして、自分が住む場所の近くにボクシングジムがあることを知ったんです。「ジムがあるのか!俺にもボクシングができるのか!」と感動して、翌日にはそのジムを訪ねました。

その後、諸事情あってジムを移り、23歳のときにプロデビューしました。もちろん、これまでにつらいことはたくさんありました。でも、子ども時代から色んなことに挑戦してきたけど、全部が中途半端だった気がして。だからボクシングだけは途中でやめると後悔すると思ったんです。だからあきらめずにトコトンやりました。

ボクシングを始めたのは、大切な人を守れるように

――そもそもボクシングをやろうと思われた理由は何だったのでしょう?

友達に意地悪はするな。意地悪されたらひとりで悩むな。

今振り返ってみれば、大切な人を守れるように、強くなりたかったんでしょうね。

僕は中学生のときに、ひどいいじめに遭っていました。相手は不良ではない、成績がよくて先生から評価も高い優等生タイプでした。彼らは、周囲に気づかれないよう、証拠を残さず陰で執拗にいじめてきました。母には心配をかけたくないし、先生にも気づいてほしいと願うだけで誰にも相談できない。結果、胃潰瘍になって、薬が欠かせなくなりました。いじめは中学校卒業まで続きましたよ。

いじめられた経験がある人にはわかると思いますが、いじめられたトラウマは大人になってもはっきり残ります。だから僕の場合、故郷に帰って僕をいじめていた奴らに会ったとき、僕が大切な人を連れていたら、その人たちもつらい目に遭うのではないか。それは絶対に嫌だから、強くなろう、ボクシングをやろうと思ったんですね。

親子の会話を多く持ち、子どもを褒める

――現在は、男の子2人のお父さんでらっしゃいます。お子さんにはどのように育ってもらいたいと思いますか?

褒めすぎて悪いことはない 親の会話を多くもって

当たり前のことですが、人の役に立つ、人に迷惑をかけない人間に育ってほしいと考えています。そのためにも、「友達に意地悪は絶対にするな。自分が意地悪をされたら、自分だけで悩むな。他の子が意地悪をされているのを無視するな。何かあったら必ず、僕やお母さんに相談しなさい」と言っています。

子どもは本当にかわいくて、一緒にいられるときには友達同士のように遊ぶので、妻には「うちには子どもが3人いる」と言われています(笑)。

――最後に読者へのメッセージをお願いします。

僕は厳しい母のもと、褒められることなく、会話も少なく育ってきました。そんな母に認めさせたいという一心で、世界チャンピオンになれたと言ってもいいかもしれません。だから僕は、長らく「子どもを簡単に褒めてはいけない。頻繁に褒めるとその価値が下がってしまう」と思っていたんです。でも、周囲を見回すとそんなことはない。褒めることで、親子の仲はよくはなっても悪くはならないんです。褒めることは、親が子どもを見ている、認めているという証拠でもあります。子どもとの会話をなるべく多くもって、その気持ちをぜひ子どもに伝えてください。もうひとつ、「自分がこの年齢だったときには、どんなことをしてほしかったか」を考えて、子どもに接してあげてくださいね。

メイコミュ掲示板テーマ「旅」についてコメントをいただきました。

台湾旅行で訪れる夜市が大好きです

ナビゲーターのダイスケが聞きました!
ナビゲーターの
ダイスケが聞きました!

お子さんが生まれる前から、奥様との共通の趣味は「旅行」。いろいろな場所に行かれたそうですが、中でもおふたりのお気に入りは台湾とのこと。「プライベートで6回、仕事で1回の合計7回訪れました。いつも行くのは台北で、必ず夜市に行って食事をします。向こうは親日家も多くて、人があたたかいんです。子どもが生まれてからも3回行きまして、子どもも夜市をとても喜んでいました。スマートボールで遊びましたね。毎日がお祭りのような、あの雰囲気が大好きです」。

■「旅」の掲示板はこちら→


こちらの記事は、明光義塾と保護者をつなぐ情報マガジン『CRECER(クレセール)』2014夏号でもお読みいただけます。

この記事へのコメント

0件のコメント - この記事の感想を募集しています!