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メイコミュTopインタビュー:タレント 三船美佳さん

カテゴリー:スペシャル
タレント 三船美佳さん

おばあちゃんの教えで「大変」は封印 どんなときも家族を照らす明るい太陽でいたい

いつも明るい笑顔で見ている人を元気にしてくれる三船美佳さん。
女優として、テレビや映画で活躍する一方で、小学4年生の娘のお母さんでもある三船さんに、幼少時代の思い出やご自身の子育てについて、お話をうかがいました。

PROFILE

1982年、東京都生まれ。父は俳優の三船敏郎、母は女優の喜多川美佳。1997年、CMでデビュー。
1998年にミュージシャンの高橋ジョージと結婚し、2004年に長女を出産。
現在、CM、ドラマ、バラエティ、映画などで幅広く活躍中。

子どもの意思を尊重する両親のもと、自分で考え進路を選択

――幼少時代、ご両親とのことで心に残っていることはありますか。

父は俳優として国際映画祭などで外国に行く機会が多かったのですが、通訳を介してのコミュニケーションにジレンマを感じていた、と話してくれたことがありました。そんな父の思いもあり、私は3歳からインターナショナルスクールに通いました。小学校もインターナショナルスクールに進みましたが、その前に日本の学校に行くか、インターナショナルスクールに行くか、私の意見を聞いてくれたそうです。

自分で選択したことに責任感を持つ大人に育って欲しいというのが両親の思いでしたが、自分が親になり、幼稚園の子どもに人生の大きな選択を任せたことに改めて驚きました。小さな子どもにも意思があり、考えた上で選択するということを両親は理解していたんですね。そして、私を信じてくれていたのだと思います。

――選択を任されることはよくあったのでしょうか。

そうですね。芸能界入りするときも私の意思が尊重されました。芸能界に入ったのは14歳のときでしたが、学校でいじめがあったり、思春期でモヤモヤとした悩みを抱えていたりで、夢や希望といったものを持てずにいました。母はそんな私を見ていてくれたのでしょう。母の友人から芸能界でやってみないかという話が来ているけれど、どうするかと聞かれました。夢を持てずにいましたから、「断る理由もないしやってみようかな」とテレビCMに出たのが、芸能界入りのきっかけです。

現場では初めてプロのメイクさんに顔を作ってもらったり、スタイリストさんにきれいな衣装を着せてもらったり。その間にも、大道具さんや小道具さんなど、たくさんのスタッフが大きな声を掛け合い、笑い合い、厳しい声を飛ばしながらひとつのものを作り上げていました。その団結力や情熱にふれて、雷に打たれたような衝撃を受けました。初めてカメラの前に立ったときは、それまでヒヤッとしていた身体がポーッと温かくなったのを今でも鮮明に覚えています。

両親は、「やるならしっかりと、失礼のないように。すごく厳しい世界だから」と助言はしてくれましたが、無理に押しつけることはありませんでした。でも、自然と良い方向に導いてくれたんだと思います。

「えらいこっちゃねぇ」は気持ちを切り替える魔法の言葉

――女優として、母として、妻としてご多忙な毎日ですが、気をつけていることはありますか。

タレント 三船美佳さん

子どもができてから、時間がない、寝る間もない、仕事も家事もある、大変だ、大変だと言っていました。すると何もかも八方ふさがりに…… 。そんなとき、一緒に暮らしていた名古屋出身のおばあちゃんが「えらいこっちゃねぇ」って言うんです。そう言われるとなんだかほっこりするんですよね。さらに、「『大変だ』という言葉は自分を大変にするんだよ。物事に乗り越えられない苦難はないんだから、絶対乗り越えられると思っていれば大丈夫。波が大きければ大きいほど、こんなに大きな人間に成長したと思えるよ」と助言してくれました。乗り越えられないものはないと断言されて、勇気と希望が湧いてきて、前向きに考えられるようになりました。

もうひとつ気をつけているのが、明るくいること。近所のおばちゃんから、「お母さんは一家の太陽であるべき」と言われました。太陽は曇りのときも雨のときも、雲の上でずっと大地を照らしている。そんな太陽のようにずっと家族を照らし続ける奥さん、お母さんがいれば、家族が早く家に帰ろうと思える家になると教えてもらいました。

周囲のアドバイスを取り入れて、子どもの成長に合わせた関わりを

――母として、子育てで気をつけていることは何ですか。

子育てのことは、先輩ママをはじめ、いろいろな方のアドバイスを取り入れています。幼稚園のころに一番大切なことは子どもの安全と、両親から愛されていることを実感し信頼関係を築くこと。だから、過保護ぐらいで構わないと教わりました。私も安全やしつけについては厳しく言いましたね。ただし、その理由もきちんと説明しました。

小学校に入ってからは、自立心を育てるために、全部子どもに委ねる。親としては我慢ですよね。娘が2年生のときに、初めてお友達とけんかして泣いて帰ってきたことがありました。母に相談したところ、「本人の言いたいことや思いを何も言わずに聞いてあげることだよ」とアドバイスされました。それだけで解決策が見つかるのか不安でしたが、「そのときどう思ったの?」「お友達はどんなお顔をしてた?」「どういうふうにしたらいいんだろうね」と一緒に悩み、本人の力で考えさせました。本人は嫌なものは嫌だと相手に言いたいけれど、言えずに悩んでいました。「言ってあげたら『そっかー』ってわかってくれるかもしれないね」と話したところ、「明日言ってみる」と自分で結論を出しました。

タレント 三船美佳さん

――我慢が必要なんですね。

そうですね。娘には、「私もママ業は初めてだから、一緒に大きくなっていこうね」と伝え、私自身の失敗談も話しています。すると娘も怒られるかなということや、悩み、恥ずかしいというようなことも少しずつ話してくれるようになりました。

――お子さんにはどのように育ってもらいたいと思いますか。

優しいだけでなく、人の痛みのわかる、思いやりのある子に育って欲しいです。また、世界を旅して欲しいと思っています。現地に行き、そこの香りをかぎ、体験しないとわからないことがあります。異国を訪問すると、新しい文化に触れることができるし、客観的に日本を見ることができますね。

娘が幼稚園のときにマレーシア人のお友達ができたのですが、お父さんの仕事の関係で国に帰って行きました。そのお友達を夏休みの旅行で訪ねることにしました。マレーシアについて話では聞いていたけれど、実際に訪れて、親友にいろいろ教えてもらったり、民族衣装をまとったり、昔ながらの遊びをしたり、貴重な体験ができたようです。

子育てには迷ったり悩んだりすることがたくさんあります。そんなときは、母の「子育てに正解はない」という言葉を思い出します。これからも娘に寄り添い、彼女の可能性を広げることを第一に考えて子育てをしていきたいと思っています。

メイコミュ限定エピソード「娘と一緒に料理をするのが好きです!」

ナビゲーターのダイスケが聞きました!
ナビゲーターの
ダイスケが聞きました!

ある育児の専門家から、「調理したものをあげるのではなく、本当のものを見せてあげることが大事だよ。今の子はアジの開きがそのまま泳いでいると思っていることもあるからね」と教えていただいたんです。
だから娘がベビーベッドにいる頃から、キッチンに連れていって、食材を見せながら食事を作っていました。魚を見せて、実際に持たせたりすると「くちゃい」「ニュルニュル」など、子どもなりの感想を言いましたね。「でもこれをキレイキレイして、お塩をパラパラってかけて焼くとこんなにおいしくなるんだよ」って話しながら料理をしていました。
“立っち”ができるようになってからは、お手伝いをしたがるようになりましたね。娘が最初に作ったのはオムライス! 今では、一緒に作るだけでなく、休みの日に私より早起きして、「ママ、ご飯できたよ」って起こしてくれることもあるくらいです。


こちらの記事は、明光義塾と保護者をつなぐ情報マガジン『CRECER(クレセール)』2014冬号でもお読みいただけます。

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